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東京家庭裁判所 昭和49年(家)4492号 審判

申立人 竹内まり子(仮名)

相手方 竹内直和(仮名) 他一名

事件本人 竹内太郎(仮名)

(昭四二・七・二二生)

主文

一  申立人と相手方竹内直和との間の当庁八王子支部昭和四八年(家イ)第一三一号夫婦関係調整事件につき同年六月一二日に成立した調停条項2を次のとおり変更する。

「相手方竹内直和は申立人に対し昭和四九年一一月一日から両名別居中婚姻費用分担として一ヵ月につき金三万円あて各月末日限り申立人に送付して支払うべし。」

二  相手方竹内直和は申立人に対し昭和四八年一月分から同年四月分までの過去の婚姻費用の分担として金八万円を支払うべし。

三  申立人の相手方両名に対する事件本人太郎の引渡並びに事件本人太郎との面接を求める申立はこれを却下する。

理由

一  (申立の趣旨)

(1)申立人は相手方直和に対し婚姻費用の分担を求めた。(その内容は右当事者間の当庁八王子支部昭和四八年(家イ)第一三一号夫婦関係調整調停事件につき同年六月一二日成立した調停条項2に定められた金額についてこれを金五万円に増額して貰いたいことと、その余の給付を求めるという。)(2)申立人は、相手方両名に対し事件本人の引渡し並びに面接を求めた。

二  (事実関係)

記録中の戸籍謄本、家裁調査官の報告書、その余の資料を総合すると次の事実が認められる。「(1)相手方直和は昭和四一年九月三日(松岡)静香と婚姻し、両名間に同四二年七月二二日長男太郎が出生したものであつたところ、同年一二月一八日その父母は長男太郎の親権者を父(相手方)直和と定めて協議離婚した。相手方直和はついで翌四三年四月一九日申立人と婚姻した。相手方直和は、前婚当時妻静香と別居状態のとき当時の勤め先で申立人と知合い、同年四二年七月頃から同棲関係に入り、申立人は直和の求めにより生後間もない直和の子である右太郎(事件本人)を養育する外ない事情となつてこれを育て、次第に愛情も深くなつた。相手方直和はその後前記のとおり前妻静香と離婚する一方勤めを辞め、婦人服卸業を自営し他方申立人との婚姻届をしたが、相手方直和と申立人の夫婦関係もまたその後悪化した。右両名の夫婦関係が悪化した理由には、申立人妻がきちようめんなのに対して夫が、自営業の業績をあげるために帰宅の時間などが不規則になり勝ちであつたことに対する妻の理解に欠ける点があつたことも算えられる。(2)かくて両名の間には離婚話も出るようになり、昭和四八年初め頃から別居の状態となり、両名間に前掲家事調停事件が係属し、当庁八王子支部昭和四八年(家イ)第一三一号事件について同年六月一二日成立した調停条項において(イ)申立人まり子と相手方直和の夫婦は当分別居し、両名間の長男治はまり子において監護養育すること、(ロ)直和はまり子に対し長男治の養育費として昭和四八年六月から右別居期間中一ヵ月金二万円宛各月末日限り右八王子支部に寄託して支払うことと定められた。(3)然るに右調停後、相手方直和の所在が判らなくなる一方申立人まり子は自分の長男治(昭和四三年九月二九日生)と先妻の子太郎との二名の幼児を抱え生活にも困窮するようになつたので、直和の行方を捜索し、漸く同四八年三月頃直和が○○市で相手方しず江と同棲していることを見出した。相手方直和は申立人に対し事件本人太郎は自分で育てると言つて、これを引取り、直和の両親のもとに頂けた。これより約一〇日位後申立人は事件本人太郎をそれまで五年余り育てた愛情に惹かれ同人を直和の両親のもとから自分のもとに連れ戻した。そこでこれを知つた相手方直和は翌日位に自分の子だから自分で育てる旨申立人に申し向けて、太郎を同人のもとから連れ帰り、その頃(同四八年四月頃)以降相手方両名の手許において養育し今日に至つている。」

三  (判断)

申立人は本件において婚姻費用分担及び子の引渡しを求めているが、便宜後者の申立に対する判断を先にし、前者の申立に対する判断を後にすることとする。

(一)  事件本人太郎は前記認定事実から明らかなように相手方直和の長男であり父直和のもとで養育されているものであつて、申立人の子ではない。もつとも直和が申立人と同棲し、婚姻同居した間申立人は夫である直和に対する情愛に基づいて太郎を養育し、夫の直和のため尽すと共に、太郎に対しても深い情愛を生ずるに至つたことは首肯することができる。そして申立人の立場に立つてみれば生後間もない頃から同人を養育し曾て同人が申立人になついていたであろうことも充分察せられると共に、現在直和と申立人は法律上は夫婦であり乍ら、別居状態にあり、他方直和は愛人たる相手方しず江と同棲し、太郎が両名のもとに居ることに対する申立人の感情の動きも理解できないわけではないが、申立人は太郎との間に生理的親子関係も法律上の親子関係もなく、また太郎の後見人であるというわけでもない。そして記録によれば、太郎は申立人の引取りを求めているわけでもなくむしろこれを求めていないものと認められる。以上のとおりの事実関係にある以上申立人が太郎の引渡を求める法律上の理由があるものとは認められない。申立人は若し太郎の引渡しが認められなければ、同人に面接交渉できる措置を求めるものの如くであるが、年少者である事件本人に対する面接は子の福祉の見地から考慮されるべきものであつて、申立人の求めだけで認められるべきものでもなく、また事件本人の福祉のために必要であるとは認められないから、申立人の右の申立はいずれもこれを容れることができない。

(二)  次に婚姻費用分担の申立について。

(1)  記録によれば次のとおりの事実が認められる。「申立人は肩書地の愛の家(母子寮)において長男治と二人で生活している。そして申立人は小学校の給食婦として勤務し、給与として月額約七万八、〇〇〇円を得るほか、相手方直和からの送金がある。その送金は、前顕調停に基づく月額金二万円のほか昭和四九年七月以降は直和からこれに毎月金一万円を任意附加したもの(月額金三万円となる)である。(これを加えると申立人は一ヵ月合計金一〇万八、〇〇〇円の収入を得ている。)」

他方申立人の生計における支出は、同人の家裁調査官に対する陳述によれば「月額金一〇万五、〇〇〇円(内訳、食費金五万円・光熱費四五〇〇円・生命保険掛金一万円・衣料費金一万円・テレビ洗濯機類月賦金一万円・教養費金一万円・雑費金一万円)を要するほか、現在は家賃支出がないが近く右母子寮を出て○○ハウスなる貸室を賃借する予定のため賃料月額金四万七、〇〇〇円及び住居移転のための前家賃・敷金・礼金・運送賃に約三〇万円を必要とする」という。ところで申立人の右生計費はこれを裏付ける資料がないが、その内訳を点検するのに生命保険掛金の如きは不要でないにしても、緊急不可欠のものではないばかりでなく、その余の費目の各金額も計数を前記収入金総額に符合させたものと認められるふしもあり、真実の生計費を摘示しているものとは認められない。そして母子二人の住居できる貸室の賃料として月額金二万五、〇〇〇円は必要であると認められ(申立人のいう月額四万七、〇〇〇円は相当であると認められない)、他に特段の事情は認められないから申立人母子の生計費は前掲各計数を参酌すると住居費を含め一ヵ月合計金一〇万五、〇〇〇円が相当であると認められる。申立人は○○ハウスを賃借して、これへ移転するために相手方直和から少くも金一五万円ないし二〇万円位の支払を得たいというものの如くであるが、申立人母子は現在母子寮に住まつて居るもので、同所から迫立てを受け、他へ移転しなければならない緊急の必要に迫られている特段の事情があるものとも認められないから、申立人のため前示婚姻費用分担金の算定に住居費を算入するにしても、申立人の右の要求はたやすく容れることができない。

そこで相手方直和の収支について次に検討する。記録によれば次のとおり認められる。「相手方直和は婦人服卸業による収入が昭和四九年九月分において、仕入金額金一〇三万八、八〇〇円、売上金一二七万五、七〇〇円、差引金二三万六、九〇〇円となるのに対して、その支出は一ヵ月自動車月賦金二万六、〇〇〇円、ガソリン代金三万円、職業上の経費金三万円、生計費金一〇万円、申立人への送金三万円、住居費金一万五、〇〇〇円(家賃金五万五、〇〇〇円のうち兄二名から補助があるので直和の支出は一万五、〇〇〇円で足りる)以上合計金二三万一、〇〇〇円となり、その収支は漸く償つている。」そして直和の右収支の計数は概ね首肯できるところであり、同人は申立人に対し毎月金三万円程度給付しているところであることが認められる。

以上のとおりの事実関係をすべて考慮に入れると、申立人に対する太郎の引渡しは認められないこと前記のとおりであるから、申立人は長男治と母子二名の生計を立てるべきものであり、申立人の月額約金七万八、〇〇〇円の収入を以てしては一ヵ月の前示認定の生計費金一〇万五、〇〇〇円に約金二万七、〇〇〇円不足するところ、昭和四九年七月以降相手方直和から一ヵ月につき金三万円の送金がなされていることでもあるから要するに、長男治の養育費について成立した前記八王子支部における調停条項2を本審判主文一のとおり増額変更するのが相当である。

(2)  申立人の婚姻費用分担の申立における申立の趣旨を、同人の陳述と対照するときは、単に将来の費用に関する分のみならず、申立人が太郎を養育した過去の養育料を含めて婚姻費用の分担の支払を求める趣旨であると解せられるので、以下右の過去の婚姻費用の分担について検討する。

さきに認定したとおり申立人は太郎をその生後間もない昭和四二年八月頃から相手方直和が太郎を連れ去つた同四八年四月頃まで相手方直和のために養育したのであつたが、同人は昭和四八年一月頃から同年四月頃まで申立人をおいたまま別居家出し、所在不明であつたからこの間申立人が太郎を養育するのに要した費用は過去の婚姻費用の分担として直和において支弁し申立人に支払うべきものであるところ、その数額は、同年六月一二日に成立した八王子支部における調停で、治の養育費が一ヵ月金二万円と定められたことに徴して、太郎のための右養育料も同額である月額金二万円を以て計算するのが相当であるから、右期間である同年一月から四月までの四ヵ月を一ヵ月金二万円に乗じて得た金八万円と算定することとする。従つて相手方直和は申立人に対し昭和四八年一月分から同年四月分までの太郎の養育に要したとみられる金八万円を過去の婚姻費用分担として支払うべきものである。

四  よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 長利正己)

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